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ピコピコ電脳記

統合失調症とかゲームアニメの話を少々

教わることの恥ずかしさ

人に教わるのは苦手だ。自分が下に見られているようだから。人に教えるのは得意だ。自分が上にいるような気分になるから。私はこの性質のせいで長い間苦労してきた。今もそうだ。この性質が、私の知識欲を尽く邪魔する。知りたいという欲求が、教わるという行動を下回ってしまう。知りたいはずなのに、胸が圧迫されて喉が塞がってしまう。教わった後に残るのは、知識が増えて良かったという気持ちではなく、なんとも言えない恥ずかしさ。私は学ぶことが好きだ。だからこの背反する性質にとても苦しめられている。天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず。学問したものが優位である。だからこそ、頭の良い人の前にいると恥ずかしくなってしまう。己の無知さを思い知らされるから。だが、私は学問をしたい。ひとりでやるのにはどうしても分からないところが出てくる。

思えば昔から、人に教わることをして来なかった。母には先生に怒られてはいけないと教えられ、良い子であることを強制された。宿題も終わらないと遊びに行けなかったし、夏休みは学校の課題と別に姉が作った宿題をさせられた。だから成績は常に良かったし、友人からも先生からも褒められる一方だった。私は叱られたことがとても少ない。だから今でも、叱られるとすごく恥ずかしくなって、生きていけないような気持ちになってしまう。成績は良かったから、先生に教わるということを覚えたのは高校に入ってからだった。中学では塾に入っていたけどずっと自習していたし、高校でもほとんどの教科で自習をしていたが、数学だけは別だった。というより、数学に関しては自分の中で最高の師とも呼べる人に出会えたのが大きかった。その先生に教わるのがとても楽しかった。私の知らない、教科書にも書かれていない、新しい知識をくれる。だから数学は好きになった。

自分が師と決めた人から教わることは何も恥ずかしくない。それなのに、そうでない人、例えば友人とかに教わると、途端にできないことが恥ずかしくなってしまう。こればっかりは慣れるしかないんだろうか。とても生きづらい性質だ。