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ピコピコ電脳記

統合失調症とかゲームアニメの話を少々

たとえばの話

たとえば、私が統合失調症になっていなかったら、どんな人生を送っていただろう。普通に大学を卒業して、社会人になって、結婚して、子供を産んで、働いて、病気になったり寿命を迎えたりして死ぬ。そんな当たり前の生活を送ったのだろうか。別に悲観的になっているわけではない。ただ、有りもしないもしものことを考えているだけだ。無駄なのはわかっている。それでも、自分が病気でなかったら、今よりもっと質の高い生活ができたのだろうかと思わずにはいられない。不安になっているわけでもない。統合失調症になったって、普通の生活をすればいい。それだけだ。ただそれが、とても苦労のいるものだという話。私は何を望むか。お互い支え合っていけるようなパートナーと出会い、幸せな家庭を築いて、生活には困らず、趣味も程よくできる。高望みだろうか。普通とは何だろう。

最近、頭が悪くなっている。頭が働かない。ゆっくりと、頭の回転する速度が遅くなっている。最後には止まってしまうじゃないだろうか。その最後っていつ? 明日かもしれない。そうなった時、私は私を認識できるか。その自信はない。私という個体と、他人という個体の区別がつかなくなってしまうのではないか。そうなった時、私はどこへ行くのだろう。ここじゃない第三世界へ行けるんだろうか。魂を肉体の牢獄に閉じ込めなくて済むんだろうか。私としては、魂は肉体の一部だと思っている。だから、第三世界などなく、死んだらそのまま無くなってしまうのでないか。自分の存在が全て、この世から無くなってしまうのではないか。それ自体は悲しいことではない。ただどこか胸が痛む。きゅーっとする感じ。この痛みも、焦りも、不安も、全部肉体が感じることで、心とは脳であり、魂などどこにもない。

だから私が私でなくなったら、それは、死と同義だ。

私は明日死ぬんだろうか。それは病気など関係なく、誰にも平等に与えられた、同じ価値。私は今、私の全てを使ってこの文章を書いている。これが今の私の精一杯だ。笑ってくれ。自分の衰退を感じながら、ただそれを眺めるしかない、老いた者のような感覚。私が私だと証明できるのは、私だけだ。その私は、ゆっくりと、朽ちていく。

未来あるはずの若者は、ついに、夢から覚めることはなかった。同じ夢だけを、繰り返し見続けて。