ピコピコ電脳記

統合失調症とかゲームアニメの話を少々

知能とはなんだ? 社会生活とはなんだ? いいか。私は普通じゃないんだ。薬を飲んで脳を調整しなければ生きていけないんだ。いいや違う。薬を飲んでいても社会に適応できない。なぜだ。なぜ私はこんなに苦しまねばならない。こっちを見るな。知ってるぞ。お前達が私のことをどう思っているか知ってるぞ! 消えろ! 私をひとりにしてくれ。誰も入ってくるな。いいか。私はお前達が言ったことを全て記憶しているぞ。お前達が私のことをどう思っているかそれでわかる。お前達は醜い。卑しい人間だ。俺はもっと卑しい。そんなお前らよりもっと気持ち悪い人間なのだ。うるさい! 知ったことか。なぜ私はこんなに苦しんで生きねばならんのだ。なぜ死ねないのだ。なぜだ。お前たちが私を苦しめるんだ。それなのにお前たちはさも仕合わせそうに笑って、それでいて自分はつらいというアピールをする。私をうらやましがる。うらやましいなら代わってくれ。知っているぞ。お前は私を無視した。お前は卑しい。下卑た人間だ。なのにどうして私よりお前の方が仕合わせなのだ? なのにどうしてお前は満足していないのだ。死んでしまえ! いいや私を殺してくれ。もう生きていたくない。私は今日から自分を殺して生きる。私は私の精神を殺したのだ。もはや自由も幸福もない。ただいっさいは過ぎてゆきます。自分には、到底、社会生活というものは無理でございました。しかし私は、なにゆえかわからぬ重い石のようなものを背負って歩かされています。止まれば、それは死より恐ろしい。そうです、死んだ方が楽なのです。人々は死を恐れ生を維持しようとしますが、この世には死よりもっと恐ろしいものがごまんとあります。地獄は存在するのです。精神の幸福などありません。精神とは脳です。脳とは何ですか。破壊してしまえばいいのです。地獄を耐えなく必要はありません。死ねばいいのです。自分を殺すことはいつだってできます。死というのは、肉体的な概念だけではありません。精神と肉体とは別にあり、肉体を生かして精神を殺すことももちろんできるのです。ですから私は、今日、自分の精神を殺し、明日から死んだ魚のような眼をして生きていくのです。それが義務なのです。死ぬことよりもっとつらい。嗚呼、肉体が死ねば解放されるのに。肉体の呪縛から精神は逃れられないのです。さようなら。